口内炎が気になる。口内炎はできたと気づいた時から口内炎になる。粒が気になっている段階では口内炎にならない。口内炎だと頭に思い浮かんだ瞬間にそれが現実となる感じがする。人はあまりにも多くの言葉を作ってしまった。ケミカルブラザーズのライブを見た。音よりも視覚情報が強烈すぎて、ものすごかった。完璧に仕組まれた照明と映像、頭に思い浮かんだものをここまで強烈な形で表出できるということに怖さすら覚えた。人は思いついたものはなんでも現実にすることができる。人工知能に言葉を伝えれば、どんなことでも絵や写真や文章になって出てくる。今まで曖昧に考えていたことや頭の中でどうにか道を辿って産み落としていたものが一瞬になって出てくる。それを恐れる人もいるけど、恐れるような結果にはならないと思う。なんたって我々はすでに聞けばどんなことでも答える箱を持っているのだから。どんなに技術が発展しても人の中にある曖昧さは消えない。人工知能や検索エンジンは我々の言葉を必要とする。言葉にならないものはたくさんある。いい感じだ、嫌な人だ、なんだかおかしい、ここは居心地がいい、誰かの声が聞こえる、体が勝手に動く、、そんなことはたくさんある。いつまでも起こる。その曖昧さを、なんだかわからないことをそのままに保持して、信じること。冷静になって、客観的になって、一般的に考えて、0と1の信号にして、つまり、ある一つの法律に押し込めてしまうこともできる。その方がいいと信じている人もいる。それでもそれをそのまま信じること。それは自己肯定なんかではない。世界を肯定すること、あなたしか生きられない世界の肯定。もっというと受け身の肯定ではなく、作り出す、それよりも”編み出す”、編み物を編むように、その曖昧だったものが積み重なって模様になるように、。世界は自分でどんなことでもできるとも言えるし、全て神の手の中とも言える、そんな曖昧な世界にいる。自分の口の中のことさえわからない。
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