見積もり

統治者は投資に対してどれだけの見返りがあるのか、いつも精査している。あらゆる側面、記録、計算、試験、データ、状況、環境的要因などから、予測し選別している。君がある企業に勤めるとしよう。その企業は、経営者と呼ばれる生物は、君を一つの道具として、見積もっている。どれだけの余剰資産を形成して、何もしない俺たちを食わせてくれるのか、あらゆる項目に当てはめて判断している。君は笑顔で感じよく接するだろう。時には眉間に皺を寄せて、本気な表情を見せて懇願するだろう。自分が何をもたらすのか語るだろう。冷静に、頭の中は冷やしていなくてはらない。君を買うに値したと見積もれれば、奴らは判断する。仲間になろうと言って、握手をするだろう。然るべき威厳を保って何か言うだろう。こうして一員になって君に出来得る抵抗は、見積もりにそぐわない仕事をすることだ。そのだらだら仕事で。その休みを大事にする姿勢で。決して無理をしないやり方で。解雇されればそれでいい。主導権はここにある。飼い慣らされることになれれば脳が小さくなる。井戸の外を知らなければ太っていく。与えられた幸福をしがんだまま野垂れ死んでいく。

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