何もかもが手に入るなんてそんな幻想を抱いている、ように見えるのだ。人生なんて何も手に入らない。可能性の萌芽があるような見せかけだ。何もないところから、絶望からそれに慣れてしまって、彼岸に行ってそこで過ごしてから何もかもが始まるのだろう、自分は。どんなことにも耐えられる、どんな些細なことも気にかかる、本当に弱い退化した生物なのだとそんな思いがあってはじめて諦められる。ゆく河の流れは絶えずして、しかももとの水にあらず。淀みに浮かぶうたかたは、かつ消えかつ結びて、久しくとどまりたるためしなし。なにもかもが過ぎ去っても、さも当然のようにそこに留まっていられるだろうか。この生命体はここにいるべきなのだろうか。なにもかも仕組まれているのだろうか。なんでも切り開いていけるのだろうか。だれも信じることなくすべてを神に託して、ただ日が差し込んだり陰ったりしていくのを土を踏み固めた大地の上で確かめている。
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