いみじくも…
人は世界を外側から理論によってへこませ、勝利することはできる。
しかし、自分もそのへこみに落ちてしまう。
だから、自分と世界を、ただ内側から、静かなままにあるがままに保つ。
以前のわたしは、自分の問いかけになぜ答えが返ってこないのか、不思議だった。
今のわたしは、なぜ問いかけることができると信じていたのか、不思議だ。
いや、信じてなんかいなかった。ただ、問いかけてみただけだ。
道は無限であり、近道することも、遠回りすることもできない。
それなのに、だれもが無邪気に自分のモノサシをあてる。
「やっぱり、これくらいは進まないと。そうすれば、人も認めてくれる」
何もしないことは、あらゆる悪徳の始まりであり、あらゆる美徳の頂点である。
3つのこと-
自分をなにか未知のものとして見つめる
見たものを忘れる
得たものを心にとどめる
あるいは2つだけ、3番目は2番目を含むから
だれかをあざむいてはならない。
この世をあざむいて、勝利を得ようとしてはならない。
求める者は見つけず、求めない者は見つかる。
彼は地上で自由に、そして安全に暮らしている。というのも、彼は鎖につながれていて、その鎖の長さは、彼が地上のどこにでも自由に行けるほど長く、地上の外に連れ出されてしまうほど長くはないからだ。
と同時に、彼は天上でも自由に、そして安全に暮らしている。というのも、同じようにぴったりの長さの天上の鎖につながれているからだ。
したがって、地上におりようとすれば天上の首輪にしめつけられ、天上にのぼろうとすれば地上の首輪にしめつけられる。
にもかかわらず、彼にはあらゆる可能性があり、彼もそれを感じている。いや、それどころか、すべては最初に彼を鎖につないだときの間違いのせいだ、と認めることさえ拒否している。
抑圧されている者たちに対して、特権を持つ者たちは、その責任を果たすと言って配慮してみせるが、しかしその配慮こそ、特権を維持するためのものにほかならないのだ。
家の外に出なければ、などということはない。
机にすわって、耳をすませるのだ。
いや、耳をすませることさえ、してはいけない。
ただ、待っているのだ。
いや、待つことさえ、してはいけない。じっと静かに、ひとりきりでいるのだ。
すると、世界が素顔をのぞかせる。
そうしないではいられないのだ。
おまえの前で、うっとりと身をくねらせる。
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