well orgazized

草の根、Grass Rootedという言葉がある。上層機構が下に降りて、さらに下に降りて、降りて降りていって、地上にすら出ていないような根っこの部分から行動を起こすことだと認識している。

ぼくらの世代はwell organized (よく統治された)世代だ。まず、「あきらめる」ことから始まる。君たちの時代は、何もかもすべてが行なわれてしまったあとだ。世界大戦も産業革命もビートルズ革命ももう起こらない。ここから先は安全だが何も起こらない長い道が続いてる。僕らの言う通りにして、この大きな道をみんなで歩いていれば、あったかい食べ物も快適な寝床も与えられる。ただ贅沢は許されない。というようなことを幼少期から叩き込まれる。テストでいい点をとって、就職活動をがんばって、そこそこの人たちと付き合って、ロープに繋がって歩いていれば、なんとなく「普通」な人生は保証される。

だがその脇道には、まったく舗装されていない道がどきどき見える。雑草が伸び切っていて、足の踏み場もなく、だが木は生えていない、昔は使われていたような林道が見えることがある。上の人に聞くと、あんな道は人が歩く道ではない、あんなところを行くとすぐに死んでしまうとと言うが、そこを歩いている人をたまに見かける。確かにそこを通っている人は、服も破けているし、加工食品も食べられないし、いつも草をかき分けてなんとか進んでいるようにみえる。

しかし時たま、そういう人たちが羨ましく見えるのだ。リュックからコーヒー豆を取り出して、ミルで砕いてコーヒーを淹れている。煙草の葉を取り出して、薄い紙に器用に巻き、煙を天に蒸している。白い白濁の瓶から発酵した酒を注いで、ぐい呑みを片手にちびちび呑っている。

そういえば、われわれも昔はそんなことをしたもんだ。煙草はいつのまにか吸えなくなったし、酒もやめた。コーヒーは缶の中に充填されているので、自分では淹れなくなった。

日々の作業が忙しくてそんなことは忘れてしまった。

空を見上げると太陽が燦々と輝く。草が青々と茂っている。どうしてこんなことになってしまったんだろう。ぼくたちはどこで間違ったんだろうか。今日も9時から17時まで働いて、配給に並ぶ。ベッドはフカフカな羽毛だ。寝ているときがいちばん幸せなのだ。間違えたのだろうか。ほかに選択肢はなかったのだろうか。自分の頭で考えていれば、こんなことにはならなかったのだろうか。洪水がわたしの後に来ればそれでいいのだろうか。子どもたちは施設に預けた。もう会えることはないだろう。彼らはなにか新しいことを生み出すのか。なんのために人生を使うのがいいのか。よく考えてほしい。ぼくたちは間違えてしまったのだ。本当に

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